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縁プロジェクト_vol.18

アートのある
豊かな暮らしを繋いでいく。
石井 江奈
写真家
石井 江奈氏
PROFILE

1994年、立教大学在学中にパリへ留学。帰国後卒業しテレビ朝日系列青森朝日放送にアナウンサーとして入社、「スーパーJチャンネル」の初代キャスターに。1998年にフリーアナウンサーとなり、「プロ野球ニュース」などのスポーツキャスター、情報番組リポーター、ナレーターとして活動の場を広げつつ、並行して写真家としても活動。2014年、写真家・平竜二氏に師事しプラチナプリントを習得。2015年、ニューヨークの11th Annual National Alternative Processes Competitionで日本人として初めて入選。以来、国内外で個展を開催。現在、個性・美・自立を兼ね備えた女性を育成するClassy Academy代表としても活動中。

プラチナプリントやサイアノプリントなど伝統の写真技法で日常のものを捉え、
人々の心に留まる写真を創作し続ける石井江奈氏。
写真を通して人々に届けたいものは何かを訊いた。

アートに囲まれて育ってきた。

石井さんはもともと写真に興味があったのでしょうか?

元をたどると生まれ育った環境、母の影響が大きいと思います。私が小さい頃、家では子ども向けのTV番組ではなく、オードリー・ヘプバーンやカトリーヌ・ドヌーヴらが出ている昔のモノクロ映画が常に流れていました。それで映画が大好きになって。特に印象に残っているのがオードリー主演の『パリの恋人』で、フレッド・アステアがリチャード・アヴェドンという実在したカメラマンの役をしているんですが、そこで使われているカメラが素敵で。二眼レフのローライフレックス。なんて素敵なんだろうとその頃は思っていましたね。それから映画だけでなく音楽もアートも好きになっていきました。オードリーに影響されていたこともあり、大学時代には憧れのパリに留学してアートを学びました。パンとチーズをかじりながらセーヌ川のほとりでひたすら絵を描いたり、美術館に通いつめたり。だから、もとは写真というよりアートが好きだったというのが根本にあるんです。

それから卒業後、アナウンサーとして活躍されました。写真の道に至るきっかけは何だったのでしょう?

青森でキャスターとして2年、その後24歳からフリーでアナウンサーをしてきました。この仕事をしていると、いろんな世界のスペシャリストに出会えるんですね。プロスポーツ選手、俳優、作家、画家…。皆、一つのことをやりとげている人たちです。仕事でインタビューしていくうちに、私も向こう側の人になりたいと。何か一つのことに特化して深く追求することで、これまで見えなかった世界が見えて、自分自身のメッセージを発することができるのではと思うようになりました。そうして私の中で眠っていたアート好きの自分が呼び起こされて、いつしか小さい頃の印象深かったあの二眼レフを手にとるようになったんです。

想いが語り継がれる豊かさ。

石井さんは暮らしの中にある身近なものを多く撮られています。どのようなテーマ、想いがあるのでしょうか?

私は身の回りにある当たり前のように存在しているものが大切だと思っています。例えばそこにある観葉植物も何かを訴えかけているはずなんです。私はそういう表面には見えない奥にある気配のようなものを感じ取りたくて。それが“居てくれる” と思える瞬間を写真に残しています。ふだんは気にも留めないものでも、ふとした光の変化で輝いて見えたりするんですよ。そのことに気づいたのが、梨を撮ったあの写真。あれはいただいた梨を私が車の助手席に置いて運転していて、ブレーキをかけた時に落ちて傷ついてしまったものなんです。それをしばらくリビングに置いたままにしていたのですが、ある時ふと手にしたら窓から光が差して一瞬傷が消えたんですね。傷ついていた梨が癒えて、潤んでいるようにも見えて。素直に美しいと思えたその体験から、私は身近にあるものが輝く瞬間を求めて8×10の大判カメラや中判カメラで撮り、プラチナプリントやサイアノプリントの作品を制作しています。作品を通して、みなさんにご自身にとってのPrecious Oneに気づいていただけたら嬉しいですね。

プラチナプリントにする理由はどうしてでしょうか?

プラチナは地球上で最も安定した金属で、プラチナプリントとして感光したイメージは500年から1000年保存できるといわれています。永くもつことは素晴らしいことです。たった一つでいいからお気に入りのもの、自分の本当に大事なものを写真にして常に側に置いてみる。それをいつも見ながら過ごせたら暮らしが豊かになるんじゃないかと。例えば私がおばあちゃんになって、息子が自分の子どもに「これは、おばあちゃまが大切にしていたものなんだよ」と伝えていく。そこに佇む想いや愛が家族代々に語り継がれていったら素敵じゃありませんか。

創作の流れを変えたサイアノプリント。

確かに、デジタルカメラでは表現できないものが古典技法のプラチナプリントやサイアノプリントにはありますね。

プラチナプリントは黒のしまり、白と黒の間に無限にある階調、そして美しいものを限りなく美しく残せる優れた技法です。ただ、プリントする際はプラチナの配合をいろいろ試し支持体に薬液を塗り、求めている美しさに出会うまで、何枚何十枚も試行していくので、プラチナだとコストも時間もかかってしまいます。作品としてよいものにはなるのですが。それをせっかくいいと思ってくれる人がいても、写真が高価では思い止まってしまいますよね。そう考えて最近、サイアノプリントも始めました。サイアノも保存性に優れていますし、鉄塩を感光剤とするためプラチナより手軽に創れ、しかも紙だけでなくキャンバスなどいろんな素材にプリントできるので可能性が広がります。もっとも、光の明暗が青色の濃淡として映る、その「青」の世界に魅せられたからというのが大きいのですが。実は初めてサイアノをプリントした時、私の中で水がサーっと流れたように感じたんです。私自身、子どもを産んでいるので“母なる水” というものを感じたのかもしれません。水の流れによって私の中で何か生まれ変わっていく、“再生”していく感覚があったんです。

それは写真家として転機となったことなのでしょうか?

そうですね。今までは自分のために創っていたところがあったかもしれません。アーティストの多くがそうだと思うんですが。でも、私は写真の撮りかた、伝統の技法などいろんな方々から教えていただいたおかげで今がある。だから、これまで助けてもらったことを、人に世の中に還元していきたいと考えるようになったんです。これからは誰かが欲しいと思うようなものをイメージして創って、人の役に立ちたいと。そう考えているところに、ご縁があって藏持さんと出会いました。

写真と家づくり、それぞれの“伝統と革新”。

縁プロジェクトに参画された理由を教えてください。

私は“写真界のエルメス” を目指しています。本物はずっと使い続けることができ、受け継がれるものですよね。そんな、ずっと残しておきたいと感じてもらえる写真を撮っていきたいと思っています。すぐに買い替えたりモノに溢れた暮らしより、数少なくとも上質なものを、ひとつでもいいから本物をずっと大切にする。今はそんな時代だと感じていて、藏持さんも同じ考えでいらっしゃることを知り、私はアートの分野で何かできることをしようと縁プロジェクトに参画しました。人々の暮らしづくりの中で、心が豊かになるもの、永く愛され受け継がれるものを提供できればと考えています。

石井さんと藏持による縁プロジェクトで、どのようなものが生まれるのでしょうか?

現在進めているのは、木の温もりが感じられるテーブルなどに、サイアノプリントの写真をレジンやガラスなどではめ込むオリジナルの家具造りです。家族の好きな写真が食卓にあって、それを囲んで毎日を過ごし、ずっと家族が語り継いでいけたら素敵ですよね。本当に好きなものに囲まれて、永く愛され続ける住まいを藏持さんはつくっていますから、そんな家具はぴったりだと思いました。サイアノプリントという古典技法をただ使うだけでは昔と変わりません。現代の暮らしに提示するにはどうすればいいかを考えていたところなので、この取り組みはお互いにとって意義のあるものだと感じています。私の写真と藏持さんの家づくり、それぞれが“伝統と革新” を実現し、アートのある豊かな暮らしを一緒につくっていけたらと思います。

撮影協力:OTTO CITTA
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