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縁プロジェクト_vol.10

私生活ではフラットでいる。
その切り替えが
舞台での輝きになる。
坂東 亀三郎
歌舞伎役者
坂東 亀三郎氏
PROFILE

1976年、東京都生まれ。五代目、音羽屋。1981年12月、『寺子屋』の寺子岩松で初出演。1982年5月、五代目・坂東亀三郎として『淀君情史』の亀丸で初舞台。以降数々の歌舞伎の舞台に出演。2016年8月、宗家藤間流 名執名「藤間善蔵」を二代目として名乗る事を許される。5月には、東京・歌舞伎座にて催される『団菊祭五月大歌舞伎』で、九代目・彦三郎を襲名する。

江戸時代から伝わる日本の伝統芸能・歌舞伎。
音羽屋の四代目・坂東亀三郎の長男として生まれ、5歳から舞台に立ち続けている。
現在、五代目・坂東亀三郎を襲名。2017年5月に九代目・彦三郎の襲名を控えている。
代々受け継がれている歌舞伎役者にとっての居心地のいい暮らしを訊いた。

歌舞伎があっての自分。つねに歌舞伎のことを考えている。

亀三郎さんにとって『歌舞伎』とは?

僕は『歌舞伎役者』が職業と思っていないんです。父、叔父ふたり、弟、従兄弟ふたり、祖父、曽祖父も歌舞伎役者なので、小さな頃から歌舞伎が日常にある環境にいて、舞台に出させてもらっています。

就職試験もなく、年頃になったら子役から大人の役へシフトして、気づいたら今日にいる。…そんな感じなんです。だから職業ではない。でも歌舞伎があっての自分とは思っています。

毎年、約10公演をしますけど、長期オフがあっても次の舞台のセリフを覚えたり、ふだん行かない楽器や踊りの稽古をしたりするので、完全にオフは1公演につき5日くらいしかないです。家族でどこかに出かけようとも思いますけど、倅は幼稚園もあるので、なかなか予定が合いません。ただ、休みに丸一日、家にいることはないです。毎日なにかしら家から出ます。家にずっといると落ち着かないからです。近くの公園に散歩したり、電車に乗って近場に出かけたり、それだけでも気分転換になるんですよね。たまに、野球を観に行ったり、ライブに行くこともあります。楽屋ではないところに行くことで、無意識にオンとオフを切り替えているのかもしれません。

家も居心地がいい場所ですが、家族と過ごす以外ではセリフを覚えたり、稽古の復習をしたり、次の舞台の映像を見ていることが多いです。そう思うと、僕が“歌舞伎役者”ではない時間はあまりないかもしれない。外で飲んでいても、まわりの人からは“歌舞伎役者”として見られていますし、公演があるので飲む量も自然とセーブできています。

でも、2ヶ月に1回くらいに仲のいい人たちと飲むことは楽しみにしていることのひとつです。スポーツ選手、芸人、バンドマン…など、世代や職業の違う人たちが集まって、飲みながらくだらない会話をするので、とてもリフレッシュにもなります。また、歌舞伎ではいろんな世代を演じるので、各世代の友人のふるまいは多少参考にもしています。やはり、どんな時間も歌舞伎のことが頭にありますね。

朝ご飯が役者としても父としても貴重な時間。

年間約10公演をこなす亀三郎さん。ハードな毎日だと感じますが、耐え抜く力となるものやモチベーションを保つ秘訣はありますか?

特にこだわってしていることはありません。体力面でもジムに通って鍛えるということもしていないです。稽古をきちんとしていれば、舞台で必要な筋肉や体作りは自然とできていると思うから。それに、演じる役柄によって使う筋肉が違うんです。踊り続ける役もあれば、座ることが多い役もあります。だから、稽古以外で鍛えてしまうとムダな筋肉をつけることがあるので必要以上にやらないんです。

食にもこだわりはないですね。公演中は、生ものをなるべく食べないように心がけるくらい。ただ、毎朝、ご飯はがっつりと食べています。楽屋に入ると、化粧をするなどやらなければいけないことが多いので、あまり食事の時間がとれないんです。だから、朝ご飯はパワーの源です。

朝は、嫁と息子といっしょにごはんを食べられる唯一の時間。夜は公演があって遅く帰ることも多く、もう息子が寝ているときもあるので…。今改めて思うと、その時間は自分にとって重要なのかもしれません。地方公演があるときは、いっしょに食べることはできませんが、嫁と息子と電話で話すのも朝です。家族だんらんができる朝の時間。この習慣は、ずっと続けていきたいなと思っています。

フラットな状態でいたいから、私生活は欲を出さない。

朝ご飯の時間が亀三郎さんの暮らしを支えているのですね。

「今が幸せ」と感じられるので、暮らしに不自由はしていないです。欲を言えば、家に防音部屋が欲しいなと思うことはあります。お腹から声を出すように、舞台で通る声で稽古をしないと体に覚えさせることができないんです。だから、まわりに迷惑ではないか気になってしまって…。もうひとつ欲を言えば、天井の高さも欲しいです。刀を持つ稽古をすると、天井に当たってしまうから。でも、それも歌舞伎のことを考えるとこだわりたくなるだけということ。

基本、私生活ではこだわらないようにしてます。住む家もそうだし、洋服でもなんでも。こだわったら決め切れなくなることもあるだろうし、欲がどんどん出てくるから。それだと、自分の満足するものにたどりつかなければ、ストレスも増えてしまいますよね。『贅沢』は幸せだから出てくる言葉であって、幸せだったら、それでいいって思うんです。だから、欲は出さない。

私生活でストレスがかからずにフラットな状態でいられれば、舞台に立って、ライトが当たる瞬間に、最高な状態でスイッチをオンにすることができるんです。役者ですから、舞台で100%、120%のパワーが出せれば、それでいいと思っています。

若い時は、洋服を気にしたり、髪型も気にしたりして無駄に着飾っていたけれど、“ストレスがかからない生活がいい”と感じるようになってからは気にすることがなくなりました。年齢を重ねるに連れて、いろいろ削がれたというか。そう思うようになったのは、10年前くらいに嫁と出会ってから。無駄に着飾らなくても、何かにこだわっていなくても、「なんとかなる」と思うようになったんです。嫁は、いっしょにいてもストレスがあまりなくて、居心地がいいんですよね。“居て当たり前の存在”です。当たり前の存在って、なかなか見つからないですから。いい人に巡り会えたと思っています。

老い入りしても舞台に立ちたい。

生涯、歌舞伎役者。この先、ずっと舞台に立ち続けると思うと、プレッシャーに感じることはないですか?

たまに、ずっとこの生活が続くと考えると、「イヤだな~」と感じることはあるけれど、他の職業をする自分は考えられません。ただ、老いに入ってからやってみたい生活は、なんとなく考えています。僕は「老後」という言葉が嫌いなので、あえて、「老い入り」という言葉を使いますが、老いに入ったら電車でゆっくり旅をしたり、秘境の温泉に行きたいです。この時期だと、雪が降ったら帰ってこられなくなるようなところの温泉に行ってみたい。夢のような話ですが、楽しそうですよね。

でも、親父を見ていると、70歳までも現役でいたいとは思います。老いていても輝いて見えるから。息子や孫にも歌舞伎を受け継いでいって欲しいです。歌舞伎と暮らしは、僕にとって、ずっと共にあり、引き離せないものかもしれません。

1月28日(土)、東京 ホテルニューオータニで、「初代坂東楽善 九代目坂東彦三郎 三代目坂東亀蔵 六代目坂東亀三郎 襲名を祝う会」が開かれ、初代楽善を襲名する坂東彦三郎、九代目彦三郎を襲名する坂東亀三郎、三代目亀蔵を襲名する坂東亀寿と、六代目亀三郎として初舞台を勤める坂東侑汰の親子孫四人が、5月の披露に向けての思いを語りました。

■團菊祭五月大歌舞伎
七世尾上梅幸二十三回忌/十七世市村羽左衛門十七回忌 追善

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